「恋」以外の感情

 ところで、「恋愛」という贅沢品がなければ人間は不幸なのか?「恋」の感情を経験できなければ、人生は満たされないのか?
いや、人は「恋」以外にもさまざまな感情を味わいながら生きていて、心を満たす経験は他にもある。
 以前、ぼくがマレーシアに行ったときのこと。
タクシーに乗るとイスラム教徒と思われる運転手のおじさんが車内のラジカセで、ちょっとポップにアレンジされた宗教音楽をかけていた。ぼくにはその良さがあまりわからなかったのだが運転手のおじさんはもうノリノリで、「どうだ、すばらしいだろ。神は愛だ」みたいなことを話しかけてくる。そう語る彼の瞳はうっとりとしていて、恍惚と言葉がぴったりくるような表情だった。
それは宗教とは縁がなく過ごしてきたぼくにはわからない感覚だったが、運転手のおじさんを見ているだけで、音楽を通じて神様とつながっているという彼の快感が伝わってきた。それはとても幸福な体験をしているように見えた。
そうした神様へのフィーパー も、人聞を陶酔させるものなのだろう。たぶん、人類史という観点から見れば、それは「恋愛」よりよほど人聞に必要とされてきたものだ。
「恋」なんてなくても、神様への思慕によって人々は満足してきたのかもしれない。
宗教ばかりではない。日本でも古く、「恋愛」以上に一人の相手への濃密な感情が存在した。武士の世界にあった「忠義」というやつだ。主君のために命を投げ出すことも厭わない武士道の精神。
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