「恋」の内側

これまで「恋」によってどんな現象が生じるか外側の問題について考えてきたのだが、「恋」の内側うちがわはいったいどうなっているのだろう?「家族愛」だったらそれは血縁でつながったり、またいっしょに生活を共にしてきた家族へのからだにしみついた愛着といえる。「友情」は、仲のよい友だちとの共感や共通体験によって得られる快だろう。どちらも相手が好きということ、『好感」だ。それらと「恋」はどこが違うのか。もちろん「恋」も誰かに対する「好感」であることは間違いない。けれど、その瞬間風速は大きい。瞬間風速とは台風のときによく使われる言葉で、一瞬の風の強さを表す。「恋」における「好感」は、「家族愛」や「友情」よりもずっと振幅が大きい。それはそんなに長くは続かないことが多いが、思いのせり上がりは瞬間ではかなりの数値に達するだろう。キミも誰かに「恋」したとき、その人に会いたくて、真夜中でもいてもたつでもいられなくなることがないだろうか?
「家族愛」や「友情」という「好感」も、極限状態であったり、何か特別の体験においては、強く吹き出してくる。たとえば、家族が危篤状態に陥ったり、事件に巻き込まれて危機的状況に置かれたりすれば、キミはふだんはあまり自覚しなかった、かけがえのなさを強く意識するだろう。あるいは、友人と共にスポーツ大会で大きな栄冠を勝ち取ったり、戦争などで生死を共にするときなど、その人との間に特別な絆が生まれていることを感じるかもしれない。それもまた、強度のある「好感」に違いない。けれども、家族や友達への気持ちは、日常では意識されないものだ。
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